梅毒の原因菌

梅毒の原因菌は、スピロヘータの一種であるトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum) です。
菌の特徴として、低酸素状態でしか生存できず、4℃以下で24時間以内、39℃以上で数時間以内には死滅するといわれています。また、殺菌剤などでも簡単に死滅するといわれています。

梅毒の主な感染経路は、感染している部位と皮膚や粘膜との直接接触です。具体的には、キス、膣性交や肛門性交(アナルセックス)、口腔性交(オーラルセックス)があげられます。
個人差があるものの、トレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)は、性的接触により約3割の人が感染するといわれるほど非常に感染能力の高い菌です。『梅毒感染者との直接接触以外での感染は考えられない』と、感じる方も多いと思いますが、実はそうではなく『感染者の症状の状況により、環境や物を介して梅毒に感染することがある』というのが正しい情報となります。

初期症状は、大きく分けて13種類あります。

具体的には以下の通りです。
①初期硬結(しょきこうけつ)
②硬性下疳(こうせいげかん)
③無痛性横痃(むつうせいおうげん)
④梅毒性バラ疹(ばいどくせいばらしん)
⑤丘疹性梅毒(きゅうしんせいばいどく)
⑥梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)
⑦扁平コンジローマ(へんぺいコンジローマ)
⑧膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)
⑨梅毒性脱毛(ばいどくせいだつもう)
⑩梅毒性白斑(ばいどくせいはくはん)
⑪梅毒性爪囲炎・梅毒性爪炎(ばいどくせいそういえん・ばいどくせいそうえん)
⑫梅毒性粘膜疹(ばいどくせいねんまくしん)
⑬梅毒性アンギーナ

これらの症状は、梅毒に感染した人全てに現れるのではなく、感染経路、感染部位、感染してからの時期や感染者の個体差(年齢や性別、栄養状態や免疫能力、現病歴や既往歴など)によって様々です。
これらの症状の中で、②硬性下疳(こうせいげかん)、⑤丘疹性梅毒(きゅうしんせいばいどく)、⑥梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)、⑦扁平コンジローマ(へんぺいコンジローマ)、⑧膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)、⑪梅毒性爪囲炎・梅毒性爪炎(ばいどくせいそういえん・ばいどくせいそうえん)、⑫梅毒性粘膜疹(ばいどくせいねんまくしん)、⑬梅毒性アンギーナ(ばいどくせいアンギーナ)の8種類については、症状が現れている感染者と粘膜、皮膚、体液などの直接接触がなくても、場合によっては梅毒に感染する可能性があります。

医療・介護業界または家族を介護する方の中には、介助を行うことで感染してしまうのではないかと心配な方もいらっしゃると思います。
あるいは、梅毒に感染している方は、同居している家族に日常生活で梅毒を感染させてしまうのではないかと心配になる事もあると思います。
先に解説した8種類の初期症状が現れている時には、医療従事者や同居している家族が、ある特定の状況下において性行為以外でも梅毒に感染しまう恐れがあるため、正しい知識を持つことが非常に重要となります。

皮膚病変に感染性がある8種類の梅毒症状について詳しく解説します。

硬性下疳(こうせいげかん)

初期硬結(しょきこうけつ)の一部で、皮膚が傷になり潰瘍ができたように見えることがあります。これを硬性下疳(こうせいげかん)といいます。硬性下疳(こうせいげかん)の特徴として、初期硬結(しょきこうけつ)と同じく、亀頭や陰茎、性器周辺の皮膚にできることが一般的です。最も多く現れる場所は、亀頭と陰茎の間の部分(冠状溝:かんじょうこう)です。その他、感染者とのキスや性器を舐めるような接触があった場合、口の中や咽頭周辺の粘膜に現れることも稀にあります。
硬性下疳(こうせいげかん)は、痛みや痒みが強い印象があるかもしれませんが、そのほとんどが自覚症状を伴いません。しかし、びらん・潰瘍を形成するため、皮膚のバリア機能が低下し、一般細菌やカンジダなどの真菌に重複感染して痛みや痒みを伴うことがあります。
硬性下疳(こうせいげかん)の症状は、ヘルペスや一般細菌に感染した時と似たような状態なので、皮膚科専門医でも視診だけで病気を特定することは困難です。また、時間の経過とともに症状が消失してしまうため、症状に気づいたとしても自然治癒したと誤認してしまうケースが少なくありません。
近年は性行為の多様化により、陰部周辺だけでなく口腔や咽頭周囲の粘膜にも症状が現れる方が増えています。また、初期硬結(しょきこうけつ)の症状がなく突然、硬性下疳(こうせいげかん)の症状が出現することもあるので、『しこりがないから梅毒ではない』と考えることは大変危険です。症状の発生頻度は、感染者全ての85%程度と言われています。
硬性下疳(こうせいげかん)に類似した症状として、軟性下疳(なんせいげかん)というものがあります。軟性下疳(なんせいげかん)は、ヘモフィルス・デュクレイ(Haemophilus ducreyi)と呼ばれる細菌が原因となる性感染症です。硬性下疳(こうせいげかん)に比べ痛みが強いことが最大の特徴です。日本国内での発症例は少なく、特に東南アジアやアフリカなどの熱帯・亜熱帯地域での感染者が多いとされています。

丘疹性梅毒(きゅうしんせいばいどく)

トレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)に感染後、約3ヶ月後から症状が出現します。梅毒2期疹の中で最も多いとされる丘疹(きゅうしん)です。好発部位は体幹・顔面・四肢・手掌・足底など多岐にわたります。
症状としては、えんどう豆ほどの大きさの赤褐色の丘疹(きゅうしん)がいたる所に多発します。発生頻度は約65%程度と言われています。
単独で症状が出現するより、梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)、扁平コンジローマ(へんぺいコンジローマ)、膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)や梅毒性爪周囲炎(ばいどくせいそうしゅういえん)と同時に発症することが多いとされています。
症状の出現パターンには個人差があり、時間の経過とともに一時的に改善する場合もあれば、時間とともに増悪し、痛みや痒みなど苦痛を感じることもあります。そのため、早期に原因を調べて適切に治療を行うことが大切です。

梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)

梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)は、第2期梅毒の代表的な症状のひとつです。
単純に乾癬(かんせん)という病気がありますが、これは梅毒が原因で起こるものではなく、遺伝的素因や様々な環境因子(不規則な生活や食事、ストレス、肥満、特殊な薬剤など)が加わって発症すると言われています。
症状として、銀白色の鱗屑(りんせつ:皮膚の粉)をともなった境界明瞭な隆起性の紅斑が皮膚に現れます。
梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)の場合、症状の好発部位は手掌・足底で、通常の乾癬とは異なった場所に現れるのが特徴です。症状は、浸潤を伴う鱗屑性紅斑(りんせつせいこうはん)で乾癬と類似しています。梅毒性乾癬の原因は、梅毒の原因菌であるトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)の増殖によるものです。
梅毒に感染した時の発生頻度は、約20%と言われています。

扁平コンジローマ

扁平コンジローマは、第2期梅毒の臨床症状の一つです。症状の好発部位は、陰部や肛門周囲の皮膚とされています。ごく稀に腋窩(脇の下)や乳房下部(にゅうぼうかぶ)など皮膚同士が摩擦し易い箇所に現れることもあります。浸潤した紅色の扁平隆起性の丘疹(きゅうしん)が現れるのが特徴です。経過と共にひとつひとつの丘疹が融合し、台形状の結節(けっせつ)に変化します。
丘疹(きゅうしん)が生じている場所には、大量のトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)が存在するため、症状が表れている場所に他者の粘膜や皮膚が接触することで感染の可能性があるため注意が必要です。この症状の出現頻度は、約5%程度だと言われています。
類似した症状の病気に尖圭コンジローマとボーエン様丘疹症(ボーエンようきゅうしんしょう)があります。
尖圭コンジローマ(せんけいコンジローマ)の原因は低リスク型HPV(ヒトパピローマウイルス)と呼ばれるウイルスで、性行為で感染します。低リスク型HPVに感染したとしても、ほとんどは一過性の感染で、免疫力により自然に排除されると言われています。ただし、低リスク型HPVに持続感染することによって、3週間~8ヶ月(平均2.8ヶ月)で性器や尿道・膣・肛門などに鶏のトサカあるいはカリフラワー状のイボ(尖圭コンジローマ)が現れます。一般的にイボに痛みはありませんが、人によっては軽度の痒みが出現することがあります。
ボーエン様丘疹症(ボーエンようきゅうしんしょう)とは、高リスク型HPVの感染によるもので、外陰部に多発する黒褐色の丘疹および局面です。自然消退もありますが、稀に皮膚癌に移行するため注意が必要です。尖圭コンジローマ、ボーエン様丘疹症(ボーエンようきゅうしんしょう)共に扁平コンジローマの症状に類似しているため、視診のみで識別することは困難です。症状がある場合は、性感染症内科(性病科)や皮膚科を積極的に受診することをおすすめします。

膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)

膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)の典型的な症状として、顔面、体幹、四肢などの皮膚に無数の小膿疱(しょうのうほう:膿が溜まったできもの)が現れます。第2期梅毒疹のなかでも非常に稀な皮膚症状です。顕性梅毒(けんせいばいどく:症状が認められる梅毒)のうち約3%の方に見られる症状です。皮膚症状だけでなく、発熱や全身の疲労感など全身症状も随伴することが多いとされています。膿疱は時間の経過とともに潰れたり痂皮化(かひか:かさぶたのようになること)したりします。
膿疱の膿には大量のトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)が存在するため、性行為だけでなく、他者の粘膜や皮膚と接触することにより感染する危険性があるため、日常生活においても注意が必要とされています。使用したタオルや寝具などの共有は極力避けたほうが賢明でしょう。
また、膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)は、極端に栄養状態や免疫状態が不良の方に発症することが多いとされています。HIVなどの免疫力を下げるような感染症、悪性新生物(あくせいしんせいぶつ:癌など)の病気に罹患している可能性もあるため、梅毒の感染を心配するだけでなく他の病気の検査も積極的に行うことが大切です。

梅毒性爪炎・爪囲炎(ばいどくせいそうえん・そういえん)

爪炎(そうえん)・爪囲炎(そういえん)とは、爪(つめ)の内部や周囲の皮膚が赤く腫れて炎症を起こした状態をいいます。原因としては、細菌や真菌によるもの、感染とは無関係の湿疹(しっしん)によるものがあります。いずれも爪の内部や周囲の皮膚が赤く腫れ、爪と皮膚の間にすきまができて、圧迫すると痛みがあり多少の膿が出ることがあります。稀に潰瘍を形成することもあります。
梅毒2期においても、爪炎(そうえん)・爪囲炎(そういえん)を起こすことがあります。炎症の原因は梅毒の原因菌であるトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)のため、膿や傷自体が他者の粘膜や傷に接触すると、性行為以外でも感染する可能性があるため注意が必要です。症状だけでは梅毒の感染によるものと特定することが困難なため、積極的に診察・検査を受け、有効な治療を行うことが大切です。

梅毒性粘膜疹(ばいどくせいねんまくしん)

キスや相手の性器を舐めることで、梅毒感染の原因となるトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)が口から感染した場合にみられる梅毒第2期の症状のひとつです。
粘膜疹の好発部位は、口唇(こうしん)、口腔内粘膜、舌や扁桃部(へんとうぶ)の粘膜とされています。顕性梅毒(けんせいばいどく:症状が現れる梅毒)の約20%で発症するといわれています。紅斑もしくは乳白色の口内炎のような症状が特徴的です。
口内炎や扁桃炎(へんとうえん)のような症状に酷似しているため、視診での識別は困難とされています。感染機会があって心配な時は、症状の有無などに関わらず検査を受けるとよいでしょう。

梅毒性アンギーナ

梅毒性アンギーナの好発部位は、扁桃(へんとう)や軟口蓋(なんこうがい)の粘膜です。顕性梅毒(けいせいばいどく:症状が現れる梅毒)の約13%の方に発症すると言われ、臨床症状はびらんや潰瘍を伴う発赤や腫脹です。扁桃(へんとう)や軟口蓋(なんこうがい)が左右対象に赤く腫れ上がることによって、『赤い蝶が羽を広げた』ように見えることがあります。
ただし、梅毒性粘膜疹(ばいどくせいねんまくしん)や梅毒性アンギーナの症状は、口内炎や急性の扁桃炎(へんとうえん)、咽頭炎(いんとうえん)などと類似した所見を呈することがあるため、視診での識別は困難とされています。症状が現れた時には放置せず、診察や検査を受けるのがよいでしょう。

感染性がある梅毒の症状8種類について解説を行いましたが、梅毒が性行為以外の日常生活でどのように感染する可能性があるのか説明したいと思います。
硬性下疳(こうせいげかん)、丘疹性梅毒(きゅうしんせいばいどく)、梅毒性乾癬(ばいどくせいかんせん)、扁平コンジローマ(へんぺいコンジローマ)、膿疱性梅毒(のうほうせいばいどく)、梅毒性爪炎・爪囲炎(ばいどくせいそうえん・そういえん)に共通して言えることは、皮膚や粘膜の表面に症状が現れるということです。症状がある時の表面にトレポネーマ・パリダムが多く存在しているため、使用した衣類・タオル・お湯やトイレの便器などに菌が付着する可能性があります。
梅毒性粘膜疹(ばいどくせいねんまくしん)や梅毒性アンギーナは、口腔や咽頭周囲の粘膜に起こる症状です。症状を起こしている粘膜の表面には大量のトレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)が存在しています。感染者が使用したコップや食器を共有ことにより梅毒に感染する可能性があります。
トレポネーマ・パリダム(Treponema pallidum)は、低酸素状態でしか生存できません。しかし、酸素がある状態であっても4℃以上39℃以内の環境において、菌の感染能力がすぐに消失することはありません。したがって、使用直後のコップや食器、衣類やタオル、お湯や便器などでも感染する可能性があります。
インターネットなどの多くのメディアには梅毒の情報が錯綜していますが、感染者に偏見を持ったり過剰な不安を抱かず、感染者本人や家族の方が正しい知識を持つことにより感染拡大は効果的に予防することができます。

これまで説明してきたように、細菌学的には性的接触以外での感染を完全には否定することができません。しかしながら、現在、性的接触以外で梅毒が感染したという研究報告は日本でも世界でもありません。過去の研究論文において報告がないことを考えると、性行為以外が原因で梅毒に感染する可能は限りなく低いと考えられます。もちろん、特に身体上の症状が現れていない場合は、感染者と同居するご家族に性的接触以外で感染することはないと考えられます。